ケータイ辞書JLogosロゴ 棚鱗村(近世)


新潟県>下田村

 江戸期〜明治22年の村名。蒲原郡のうち。はじめ村上藩領,寛永16年安田(村松)藩領,明治3年からは新発田【しばた】藩領。村高は,「正保国絵図」「元禄郷帳」ともに201石余,「天保郷帳」369石余。文化11年の家数45。寛永20年地内に森町組大庄屋五十嵐三五左衛門によって永島新田が開発された。肝煎は慶長年間から小林家が勤め,一時期目黒家が勤めたことがあった。なお,小林家は文化3年から同11年まで,森町組大庄屋を勤めた。鎮守は八雲社。修験の三光院があった。明治12年南蒲原郡に所属。同21年の戸数79・人口416。同22年四ツ沢村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7312070
最終更新日:2009-03-01




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