ケータイ辞書JLogosロゴ 毘沙門国分村(近世)


新潟県>上越市

江戸期〜明治22年の村名頸城【くびき】郡のうち高田平野北西部,関川支流御館川左岸上杉謙信は軍神である毘沙門天への信仰が篤く,春日山城に毘沙門堂をつくり戦勝祈願するとともに,軍勢の先頭に毘の字の入った軍旗を掲げて出陣したのち高田開府に際して,毘沙門堂は高田城下の上寺町へ真言宗惣持寺として移されたこの寺領200石が国分寺村にあり,地名もこれに由来する毘沙門堂(惣持寺)領村高は,「旧高旧領」200石「元禄郷帳」「天保郷帳」では国分寺村に含まれ,同村の一部として扱われている当村は毘沙門堂(惣持寺)の朱印地であった地内に真宗大谷派光源寺がある明治12年からは中頸城郡に所属同21年の戸数16・人口104同22年国府村毘沙門国分寺となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7314337
最終更新日:2009-03-01




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