ケータイ辞書JLogosロゴ 平林(中世)


新潟県>神林村

 戦国期に見える地名。越後国岩船郡小泉荘のうち。天文8年本庄房長の弟小河長資は本庄城(村と城)を乗っ取ったが,天文20年本庄房長の子繁長が小河長資を切腹させてこれを回復した。同年11月5日の本庄繁長起請文案によれば,この事件は「平林」の取成しにより和睦が成立した(反町色部文書)。天文年間と推定される閏月4日の脇河吉定書状写にも「此方之様躰者,平林之御手を奉頼候」と見え(米沢古案記録草案),平林とは当地に本拠を置く色部氏を指す。「色部氏年中行事」によれば,12月15日に「平林の下町」より鯖・昆布・鰊・塩引などを色部館へ上納している(色部文書)。色部氏は加護山城の西麓に居を構えていた。現在の葛籠山の集落を含めた一帯が旧平林,色部氏の城下と考えられる。「慶長国絵図」には,平林村も葛籠山村も見えず,居館を描いた上部に平林とのみ記されている。なお,千眼寺境内には南北朝期の板碑2基がある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7314454
最終更新日:2009-03-01




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