ケータイ辞書JLogosロゴ 来伝村(近世)


新潟県>栃尾市

 江戸期〜明治22年の村名。古志郡のうち。来出【らいで】村ともいう(正保国絵図)。はじめ春日山藩領,元和6年からは長岡藩領。村高は,「正保国絵図」92石余,「天保郷帳」220石余。寛延元年村鑑では小物成として山蝋実・真綿・大豆などがある(栃尾市史史料集7)。また,幕末期の農間余業は紬織り,また入炭焼元の村でもあった(守門糸車)。家数・人数は,天和元年33軒・251人,宝永2年52軒・299人,宝暦14年75軒,安政5年84軒,慶応2年106軒。神社は上来伝地区に菅原神社,下来伝地区に諏訪神社があり,下来伝の道祖神は通称ほだれ様,さいの神といわれ,性の神として祀られ,3月中旬にほだれ祭りが盛大に行われる。明治10年の戸数122・人口657。同22年入東谷村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7316663
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ