ケータイ辞書JLogosロゴ 割野村(近世)


新潟県>津南町

江戸期の村名魚沼郡のうち下船渡村10か村の1つ信濃川右岸から同川支流中津川下流右岸地名の由来は,村成立当時の割地制度によるはじめ高田藩領,元和5年福島正則領,寛永元年高田藩領,天和元年からは幕府領村高は,「正保国絵図」70石余,「天和高帳」103石余・新田59石余,「元禄郷帳」103石余枝村の大割野新田は慶安2年の開発天和2年検地では,反別田6町余・畑屋敷4町余元禄7年改村鑑によれば,家数11(本家10・水呑1)・人数138,馬17,ほかに割野古新田の家数6(本家3・水呑3)・人数31,馬5鎮守は熊野権現地内を善光寺街道(市川東通り)が通る古来押付村との間に船渡しがあり,宝暦14年新たに芦ケ崎村との間に渡船場が設けられると,当地が交通の要衝となり,川東通りの交通量が増加岨滝(惣滝)は巨岩が多く急流で信濃川舟運の妨げになっていたが,有数の鮭漁場でもあった信濃川沿いの耕地は増水ごとに被害を受け,川除普請が繰り返された下船渡村全体を統括する庄屋が下船渡村に置かれ,当村には庄屋が置かれなかった江戸中期に下船渡村の一部となったと思われるが(天保郷帳),その後も独立して扱われることがあった
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7316794
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ