ケータイ辞書JLogosロゴ 飯坂新村(近世)


富山県>上市町

 江戸期〜明治22年の村名。新川【にいかわ】郡上条【じようじよう】郷のうち。加賀藩領。寛文10年の村御印の村高は235石・免4で以後は変わらず(上市町誌)。相ノ木用水より取水していた。明和5年の家数11(新川郡村々高免家数改帳/奥野文書)。十村組は明和5年頃には嶋尻村源吉跡組裁許山田村庄左衛門に属し,天保10年頃には下条組に属した。享保18年頃の村役人として,肝煎を吉兵衛,組合頭を彦兵衛がつとめ,(新川郡村廻帳/川合文書),明治2年頃には,組合頭を宗五郎・重兵衛がつとめた。地内に神明社(祭神は天照皇大神)があった。明治9年石川県,同16年富山県,同17年には中青出村ほか22か村戸長役場に属した。明治5年の戸数8(新川県区分表/内山文書)。同21年,啓新小学校と蕉化小学校が統合して飯坂新小学校が新築され,同23年には相ノ木簡易小学校と改称。明治22年上新川郡相ノ木村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7317082
最終更新日:2009-03-01




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