ケータイ辞書JLogosロゴ 小杉村(近世)


富山県>下村

 江戸期〜明治12年の村名。射水郡倉垣荘のうち。加賀藩領。寛永期の牛ケ首用水の開削,元禄期の鍛冶川の改修によって耕地が安定。寛文10年の村御印では村高465石・免4.2,小物成として川役3匁が課せられた(高物成帳写)。元禄8年洪水により90石余の検地引高があった。天明期の書上では村高371石・免4.2,小物成3匁,家数は13,神明社2社(折橋文書)。十村組は寛文期には大白石村三郎右衛門組,天明期では北野組である。明治8年の村高371石,反別35町3反余(萩の野の下邑)。明治9年石川県に所属。同12年小杉三ケ村と区別するため倉垣庄の小杉村と改称。明治16年富山県に所属,同22年射水郡下村大字倉垣小杉となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318839
最終更新日:2009-03-01




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