ケータイ辞書JLogosロゴ 八島新村(近世)


富山県>下村

 江戸期〜明治22年の村名。射水【いみず】郡倉垣荘のうち。加賀藩領。寛永期に牛ケ首用水の設置により開かれる。明暦2年の村御印の村高250石,寛文10年の村御印では400石・免2.2,川役1匁。天明5年の家数は30(折橋文書)。水郷地帯で水路に沿ってトネリコの並木があり,稲架けに利用された。川舟が稲作・運搬に利用され,文政期には8艘あった(斎藤文書/新湊市史)。村肝煎は宝暦期に八郎右衛門,天保期に助七が知られる。鎮守は神明社。明治9年石川県,同16年富山県に所属。同17年下村【しもむら】ほか13か村戸長役場に属す。同22年七美【しちみ】村(新湊【しんみなと】市)・下村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7321001
最終更新日:2009-03-01




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