ケータイ辞書JLogosロゴ 木滑新村(近世)


石川県>吉野谷村

 江戸期〜明治22年の村名。加賀国石川郡のうち。時期は不明だが小島村とも称した。加賀藩領。元禄16年吉野村甚七書上によれば,当村は寛文8年に2km上流の瀬戸村(現在の尾口村瀬戸)からの越高48石をもって,木滑村のうちに,翌9年に村立てされて成立。村高は木滑村に含まれた。戸数・人口は不詳。尾添川に架かる濁澄【にごりすみ】橋を境に幕府領越前の白山麓十八か村に続く。鎮守の応神天皇をまつる八幡社は,寛文元年加賀藩主の創建という(石川郡誌)。真宗木滑新道場があった。古来水田がなく,焼畑農業・養蚕・炭焼き・歩荷【ぼつか】等を生業とした。文政10年幕府領の瀬戸村と木滑村・木滑新村と槻【けやき】木伐取争論があった。明治5年石川県に所属。同6年木滑小学校の校下となる。明治22年吉野谷村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7324525
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ