ケータイ辞書JLogosロゴ 中宮村(近世)


石川県>吉野谷村

 江戸期〜明治22年の村名。加賀国石川郡のうち。加賀藩領。寛文10年村御印の村高305石,免2ツ3歩,山役100匁・湯役400匁。天正10年から3年間山内7か村は柴田勝家の一向一揆討伐のため全滅し無人化した(吉野村平三郎由緒書・小寺由緒記)が,同13年吉野村源次郎が7か村の村立てを前田利家から裁許された(加越能里正由緒記)。かつては100余戸あり社家・社僧も多かった(加賀志徴)。鎮守は笥笠中宮神社で,中宮神を祀る。また祭神を彦火火出見命とも木花咲耶姫命ともいい,社記は天暦11年の創建という。白山七社の1つで,別宮・佐羅宮とともに中宮三社といわれ(白山之記・加賀国式内等旧社記),白山信仰の霊場であった。真宗大谷派道場に安本・林の2道場があり,家道場として古田・中川の2道場がある。寛文8年尾添の湯が中宮領となり,中宮の湯という。もと鳩ケ谷の湯ともいう(加賀志徴)。古来水田耕作・焼畑農耕・養蚕・炭焼き・麻作りなどを生業とした。明治5年石川県に所属。同22年吉野谷【よしのだに】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7326207
最終更新日:2009-03-01




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