ケータイ辞書JLogosロゴ 吉野村(近世)


石川県>吉野谷村

 江戸期〜明治22年の村名。加賀国石川郡のうち。加賀藩領。寛文10年村御印の村高651石,免3ツ8歩,山役540匁。宝暦年間の戸数約170,人口は不詳。天正10年当村をはじめ山内7か村は柴田勝家の一向一揆討伐により全滅し3年間無人となった(吉野村平三郎由緒書・小寺由緒記)。同13年吉野村源次郎が7か村の村立てを前田利家から裁許された(加越能里正由緒記)。寛文元年当地の関所が木滑【きなめり】に移る(同前)。寛正4年矢田広寛が吉野十景遊覧図記を著す(加賀志徴)。文政3年吉野紀行ができる(郷土辞彙)。古来水田・常畑耕作・養蚕・麻作りなどを生業とした。慶長年間より吉野名産葉煙草の栽培が盛ん(加賀志徴)。鎮守に白山大神を祀る白山神社があり,養老3年泰澄の創建という。真宗大谷派願慶寺は開基を敬恵といい,石山合戦の際本願寺教如が数年間当寺に難を避けたと伝え,文禄4年に親鸞絵像が,慶長9年教如寿像が下付され,山内荘内総道場となる(同前)。村内に味智神社跡・願成寺跡・祇陀寺跡・御仏供杉・吉野十景等の名所旧跡が多い。垣内に下吉野村があり弘化5年の戸数68,男165・女143,壬申の戸籍簿によれば戸数74,男174・女170。明治5年石川県に所属。同6年吉野小学校創立,同7年吉野郵便局を開局。同20年吉野駐在所を開設。同22年吉野谷【よしのだに】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7328732
最終更新日:2009-03-01




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