ケータイ辞書JLogosロゴ 吉野(近代)


石川県>吉野谷村

 明治22年〜現在の吉野谷村の大字名。明治22年の戸数172・人口864。同年吉野谷村役場を設置するが,同29年大字佐良に移転。明治24年車道が開通。吉野小学校は同27年吉野北尋常小学校と改称。同29年の大火で上吉野120戸中100余戸が焼失し,被災者数十戸は北海道へ移住。同41年中村の白山社,下村(下吉野)の素戔嗚神社,専場の春日社を合併して吉野神社と称し,社地を式内社と伝える味智【みち】神社跡に定めた。同43年消防団を設置,同年無限責任吉野購買所を開設,大正2年上吉野駐在所へ電話開通,同3年吉野信用販売購買利用組合を設立,同10年吉野第一発電所完成(最大出力5,150kw)。同年耕地整理が開始され,同13年の耕地整理竣成面積は39.4町歩に達する。同年吉野小学校に高等科併設。昭和5年吉野第二発電所完成(最大出力1,100kw)。同13年吉野郵便局へ電話が開通し,同16年には村内へも開通した。同23年農協を設立,同25年保温折衷苗代を導入,同29年簡易水道がつく。同31年保育所を設置,同32年耕耘機を導入,同35年上吉野に竜巻が発生し4戸倒壊。同42年吉野地内国道157号の舗装工事完了。同46年過疎対策としてニット工場誘致。同49年白山麓県民体育館,同50年白山麓総合運動公園建設に着手。昭和36年の上吉野の世帯数88・人口442,下吉野の世帯数50・人口243。同47年の上吉野の世帯数72・人口366,下吉野の世帯数54・人口222。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7328733
最終更新日:2009-03-01




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