ケータイ辞書JLogosロゴ 赤尾(中世)


山梨県>塩山市

 戦国期に見える地名。山梨郡のうち。永禄4年閏3月吉日の武田晴信禁制に「十六番 あかをの禰宜」とある(八幡神社文書/甲州古文書1)。「あかをの禰宜」とは,当地の大石明神社の神官を指し,武田信玄・勝頼の時代には牛奥の通神社神官とともに,府中八幡宮に結番して武田氏領国の安穏を祈願することになっていた。天正10年3月,武田氏滅亡後,甲斐は一時織田信長の支配するところとなったが,同年6月,京都本能寺で信長が死没すると,徳川家康が入部,小田原北条氏の競合を排して,甲斐一国を掌握した。家康は,これにともなって,武田氏旧臣の本領安堵を進めた。当地においては,天正10年8月23日に「赤尾之内六貫文」が奥山織部に本給として安堵されている(奥山松代家文書/同前)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7334944
最終更新日:2009-03-01




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