ケータイ辞書JLogosロゴ 浅川村(近世)


山梨県>大月市

 江戸期〜明治8年の村名。都留郡のうち。郡内領に属す。「旧高旧領」では下浅川村と見える。もとは葛野村に属していたが,寛文9年検地により分村したという。はじめ谷村藩領,宝永元年からは幕府領(おおむね石和【いさわ】代官所谷村出張陣屋の支配)。村高は,「寛文九年甲斐国郡内領高辻帳」68石余,「享保郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ではともに69石余で,「旧高旧領」ではこのうち春日明神除地9升余・山神除地3升・御岳社除地6升余・薬師除地9升余・釈迦除地4升余・観音除地7升余がある。文化初年の戸数66・人口288(男148・女140),馬21(国志),天保3年の家数38・人口290(村高七通順一州諸留)。畑作と山稼ぎ・絹稼ぎを中心とする典型的な山村であった。助郷は駒宮・瀬戸・宮谷・袴着・奈良子の5か村とともに甲州街道の上・下鳥沢宿に出役。寺院は元和5年当村黒部氏が創建したという浄土宗厭欣山宗安寺のほか,修験当山派大山寺や観王堂・薬師堂がある。神社は春日社・御岳社・弁才天社がある。明治4年山梨県に所属。小学校は同25年浅川尋常小学校の開校まで明治7年開設の葛野学校に通学。地租改正前の耕地面積は畑のみ12町余(市郡村誌)。同8年七保村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7334960
最終更新日:2009-03-01




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