ケータイ辞書JLogosロゴ 朝気郷(中世)


山梨県>甲府市

 南北朝期〜戦国期に見える郷名。山梨郡のうち。初見は貞治3年の一蓮寺々領目録であり,武田一族が同寺に寄進した寺領のうち,文和3年7月17日に一条甲斐守信方が「一条郷内朝毛弐町」を寄進したと見えている(一蓮寺文書/甲州古文書1)。一条郷は郷域も広く,同目録によれば,郷内に蓬沢・石坪・朝気などが含まれていた。濁川右岸の平坦地の水田地帯である。ついで貞治4年に没した念一房という人の在所が朝気であったことが「一蓮寺過去帳」に見え,同過去帳の別の所には朝気郷とも見える。その後の記録は中断し,戦国期に入って天正4年に没した加賀美七郎右衛門の在所が「中郡朝気郷」であったと「武田家過去帳」に見える。ついで武田氏滅亡後に入甲した徳川家康より,天正10年11月7日に塚原六右衛門尉に宛てられた知行宛行状に「朝気分九百文」と見える(中村不能斎採集文書/甲州古文書3)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7334968
最終更新日:2009-03-01




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