ケータイ辞書JLogosロゴ 朝日小沢村(近世)


山梨県>大月市

 江戸期〜明治4年の村名。都留【つる】郡のうち。郡内領に属す。もとは朝日村の一部で,寛文9年検地の際に分村した(国志)。この時朝日村は当村および朝日馬場・朝日曽雌【あさひそし】・与縄・井倉・戸沢・玉川の7か村に分割され,この7か村は朝日七郷と総称された。なお,都留郡は上郷(南都留郡)と下郷(北都留郡)に分けられることもあったが,当村はこの際に上郷から下郷に移ったという(他の6か村は上郷に属した)。枝郷にアゲミ・幡野・新居がある(国志)。はじめ谷村藩領,宝永元年からは幕府領(おおむね石和【いさわ】代官所谷村出張陣屋の支配)。村高は,「寛文九年甲斐国郡内領高辻帳」「享保郷帳」ともに33石余,「天保郷帳」34石余,「旧高旧領」33石余。文化初年の戸数43・人口190(男108・女82),馬7(国志),天保3年の家数43・人数193(村高七通順一州諸留)。近隣村々への里程は,北の猿橋宿へ1里,藤崎村へ1里10町,小沢村へ10町,南の朝日馬場村へ1里7町,西の田野倉村へ1里(国志)。天保3年の調査によると村高33石余のうち田6石余・畑26石余で,ほとんど畑のみの山村である。このため農間の養蚕と機業のほか林業も大きな比重を占めた。助郷は,林・殿上・与縄・玉川・朝日馬場・戸沢・朝日曽雌の7か村とともに大月宿へ出役した。寺院は修験本山派宝寺院のみ。神社は諏訪神社がある。明治4年山梨県に所属。小学校は同7年小沢村に開校した小沢学校に通学。地租改正前の耕地面積は田8反余・畑4町余(市郡村誌)。明治4年大原村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7334975
最終更新日:2009-03-01




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