ケータイ辞書JLogosロゴ 穴平(中世)


山梨県>須玉町

 戦国期に見える地名。巨摩【こま】郡のうち。天正10年武田氏の滅亡後,旧領を復した諏訪頼忠は10月に家臣に知行を充行い,同年小春(10月)5日の諏訪頼忠判物写では,小沢源七郎に「逸見穴平之内拾五貫文」ほかで計40貫文の地を所領として充行った(辰野文書/信濃史料15)。なお天正18年甲斐に入国した加藤光泰の城代加藤光政の天正20年2月14日付身延山末寺屋敷免許状によれば,身延山の逸見筋における末寺の1つとして「弐百六拾六坪 戒善坊 穴平 遠勝寺」とあり,当地の遠照(勝)寺が見える(久遠寺文書/甲州古文書2)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335010
最終更新日:2009-03-01




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