ケータイ辞書JLogosロゴ 一蓮寺地内町(近世)


山梨県>甲府市

江戸期〜明治5年の町名江戸期は甲府城下の寺院,時宗一蓮寺の門前町俗に一蓮寺町ともいう甲府城下南端に位置し,北は緑町,西は光沢寺地内町に接する一蓮寺はもと一条町一蓮寺小路として一条小山の地にあったが,甲府築城に際し当地に移転した地内には,もと城内の追手門前にあって同じく移転した湯田とよぶ村落があった南北の町並みで,住民の多くは遠光寺村に所在する寺領の耕作に従事する百姓であったが,なかに在方を対象としたせり商人(行商)が現れ,天和2年の記録では同町分のせり商人運上札55枚が見える当初は甲府の町方支配に属さなかったが,宝暦3年から町方並支配に置かれるようになったこの頃には114石の造酒屋や質屋・油屋などのほか,小商人や大工・鍛冶などの職人がみえる町内には江戸後期下府中に置かれた火の見5か所の1つがあった文化初年の戸数150・人口498,うち男250・女248,ほかに寺内僧15人・寺男10人がいた(国志)明治5年太田町と改称
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335126
最終更新日:2009-03-01




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