ケータイ辞書JLogosロゴ 大窪郷(中世)


山梨県>境川村

 戦国期に見える郷名。八代【やつしろ】郡のうち。永禄10年11月23日の武田晴信判物によれば,松鶴軒(信州禰津氏か)に対して上州箕輪在城を命じ,小鼻輪之郷300貫および大窪之郷100貫を与えているが(旧東新居村助之丞所蔵文書/甲州古文書2),この大窪之郷は当郷のことか。また,武田氏滅亡後,入甲した徳川家康は,天正17年,代官の伊奈忠次に命じて惣検地を断行し,支配の再編を行った。その際伊奈忠次は各郷に対して,年貢納所・陣夫・百姓屋敷分・地頭夫役など7か条の徳川家郷中掟書を発しているが,当郷にもこれが宛てられている(旧大窪村安兵衛所蔵文書/同前)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335322
最終更新日:2009-03-01




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