ケータイ辞書JLogosロゴ 大島(近代)


山梨県>早川町

 明治後期・大正期〜現在の大字名。はじめ硯島村,昭和31年からは早川町の大字。もとは硯島村の一部。県道野呂川波高島停車場線と雨畑林道の分岐点にあたり,交通の要衝の地として街村を形成した。同林道は昭和16年着工,同51年に大島〜雨畑間が県道に編入されたが,将来静岡県井川村と結ぶ基幹線林道として工事が続行されている。昭和25年地内から雨畑までのバス乗入れが実現。田用水は雨畑川から引水していたが,日本軽金属のダム建設により取水が不可能となったため,昭和38年からは早川から揚水ポンプによって取水,同時に稲作の早期栽培が試みられ,県下で最も早く収穫期を迎える地域として知られるようになった。昭和25年無医村診療の一環として社会保険鰍沢病院の硯島診療所が開設され,同45年早川町国民健康保険硯島診療所となって診療所施設,併用住宅が建設された。昭和46年の世帯数44・人口174。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335337
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ