ケータイ辞書JLogosロゴ 大津郷(中世)


山梨県>甲府市

 室町期〜戦国期に見える郷名。巨摩【こま】郡のうち。鎌田荘内の郷名であるが,室町中期以前の記録は見えない。「一蓮寺過去帳」には「眼 文安元年壬六月廿九日 大津」「釈 同(文安3年)十九日 大津」などと見え,ついで永禄4年閏3月吉日付の府中八幡神社宛の武田晴信禁制には「卅二番 大津の禰き」と見えており,当郷広瀬明神の神官も府中八幡に交替で在番し,2日2晩祈祷を勤仕するよう命ぜられている(八幡神社文書/甲州古文書1)。当郷は,笛吹川と荒川の合流点の右岸にあり,八代【やつしろ】郡下曽根への渡し場があった。天正10年3月の武田氏滅亡後,徳川家康の入甲により,まず同年12月3日の印判状で「大津内馬淵分八貫文」が石原主水祐守繁に本領安堵され(石原知雄家文書/甲州古文書2),ついで天正11年4月19日の印判状写では,市川の御崎神社宛に「大津内五貫文」が社領安堵されている(御崎神社文書/同前)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335352
最終更新日:2009-03-01




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