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山梨県>櫛形町

 明治後期・大正期〜現在の大字名。はじめ明穂村,昭和11年小笠原町,同29年からは櫛形町の大字。もとは明穂村の一部。役場および小学校の所在地。甲府地方法務局櫛形出張所の前身甲府区裁判所明穂出張所は明治26年から,小笠原警察署の前身小笠原分署は明治10年から,小笠原郵便局の前身明穂郵便局は明治9年から当地に所在。同35年峡西時間馬車株式会社本店開設。大正11年には県立第三高等女学校(現県立巨摩高校)開校。昭和11年東洋カーボン(当時帝国カーボン)を誘致。地内を国道52号(駿信往還)と県道甲府櫛形線(戸田街道)が通り,両道沿いに商店街が形成された。昭和12年には戸数900のうち商業戸数は301戸を占め,峡西地方の商業の中心地となる。また昭和5年から山梨電鉄が開通し同37年の廃軌まで峡西地方の重要な足となる。大正3年以来久成寺の境内で普賢菩薩の縁日にちなんで6月から10月までの毎月23〜25日の3日間四六市が開かれる。昭和29年県立図書館中巨摩分館開館。同31年老人ホーム慈恵寮開設。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335415
最終更新日:2009-03-01




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