ケータイ辞書JLogosロゴ 鏡中条(近代)


山梨県>若草町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ鏡中条村,昭和29年若草村,同34年からは若草町の大字。昭和25年の世帯数469・人口2,523,同年の耕地面積は田107町余・畑34町余。明治期より地主制が発達し,大正11年から同12年にかけて小作料半納・永久的小作料改定減額を要求して起こった小作争議は日本農民組合関東同盟を背景として激化し村内外を巻き込んだ。なお当地は風土病の1つである日本住血吸虫病の罹病率が高い地域として明治以来その対策に力がそそがれた。当地出身の斎藤操は神官で国学者,北村雄次は北海道開拓を志し石狩河畔に北村農場を開いた。昭和55年の世帯数423,うち専業農家数30・兼業農家数214,総経営耕地面積1万4,667a,うち田6,089a・普通畑413a・果樹園1,013a・桑園7,135a・その他17a(農林業センサス)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335502
最終更新日:2009-03-01




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