ケータイ辞書JLogosロゴ 上小田原村(近世)


山梨県>塩山市

 江戸期〜明治8年の村名。山梨郡のうち。栗原筋に属す。はじめ幕府領,のち甲府藩領,享保9年からは幕府領(石和【いさわ】代官所)。村高は,「慶長古高帳」58石余,「宝暦村高帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ではともに169石余。西は下小田原村に接し,他の三方はいずれも上萩原村に囲まれる。文化初年の戸数60・人口208(男103・女105),馬11,古来から青梅街道の要衝として萩原口留番所が置かれ,上萩原・下小田原両村とともに番役を勤めた(国志)。耕地は重川の右岸高台にあり,主として米・麦の生産と養蚕を営み,ほかに林業に従事する者がいた。神社は神明社。寺院は臨済宗指月山長慶院がある。明治4年山梨県に所属。地租改正前の反別は,田1町余・畑25町余・大縄場田畑2反余(市郡村誌)。同8年神金村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335619
最終更新日:2009-03-01




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