ケータイ辞書JLogosロゴ 小蔵(中世)


山梨県>須玉町

 戦国期に見える地名。巨摩【こま】郡のうち。小倉とも記す。永禄4年閏3月吉日の武田晴信禁制に,府中八幡宮の廻番の勤仕として「七十番 小蔵の禰き」と見え,当地の八幡宮の禰宜が2日2晩,府中八幡宮に出向し,国内安穏を祈祷する行事に参加していたことがわかる(八幡神社文書/甲州古文書1)。なお,天正17年11月19日の徳川家代官伊奈忠次知行書立写に,武田氏の旧臣で徳川家康に随伴した小尾祐光の所領として「一,六百拾参俵七合壱勺 小倉西田郷内ニ而」とあり,次の行に津金郷が見えることから,この小倉西田郷も当地のことかと思われるが詳細は不明。なお,中世,当地付近は,斑山の東にある東向村に対して西向村とも称されたという(国志)。また小笠原長清の十男行長が当地に拠って小倉十郎行長と称してのちの小倉一党十六家のもととなり,また,「清和源氏系図」には黒源太清光の嫡男逸見光長を小倉太郎と注するという(同前)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7335962
最終更新日:2009-03-01




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