ケータイ辞書JLogosロゴ 下粟生野村(近世)


山梨県>塩山市

 江戸期〜明治8年の村名。山梨郡のうち。栗原筋に属す。はじめ幕府領,のち甲府藩領,享保9年幕府領,延享3年からは田安家領。村高は,「慶長古高帳」では下粟生村と見え462石余(ほかに下青野と見え山王領2石余),「宝暦村高帳」「天保郷帳」ともに490石余,「旧高旧領」では492石余(うち山王社領2石余)。東は中萩原村,西は重川を隔てて千野村,北は上粟生野村,南は赤尾村に接する。「国志」によれば,枝郷に向組があり,文化初年の戸数62・人口198(男96・女102),馬4。耕地は緩やかな傾斜地をなし,主として米・麦を産し養蚕を営んだ。神社は山王神社があり,府中八幡宮所蔵の永禄年間の神主当番帳に見える「青沼の禰宜」および同じく慶長年間の神主当番帳に見える「青野の禰宜」は,ともに当地の山王神社と比定される。寺院は臨済宗向嶽寺派東光山松泉寺がある。明治4年山梨県に所属。地租改正前の反別は,田17町余・畑14町余(市郡村誌)。同8年大藤村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7336184
最終更新日:2009-03-01




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