ケータイ辞書JLogosロゴ 下塩後村(近世)


山梨県>塩山市

 江戸期〜明治8年の村名。山梨郡のうち。栗原筋に属す。はじめ幕府領,のち甲府藩領,享保9年幕府領(石和【いさわ】代官所),のち田安家領。慶長6年検地で塩後村が上・下に分村して成立。村高は,「慶長古高帳」309石余,正徳元年検地で454石余,「宝暦村高帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに454石余。文化初年の戸数83・人口289(男157・女132),馬5(国志)。用水は柚木村で笛吹川から引水した8か村組合堰によった。産物は米穀類のほか木綿・繭があり,農間稼ぎとして女子による木綿織と登せ糸生産が営まれた。神社は天神祠・浅間祠,寺院は浄土真宗普門山善正寺,臨済宗霊亀山永念寺,日蓮宗恵光山法盛寺・照永山本要寺がある。明治4年山梨県に所属。同8年七里村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7336271
最終更新日:2009-03-01




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