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山梨県>若草町

 明治後期・大正期〜現在の大字名。はじめ三恵村,昭和29年若草村,同34年からは若草町の大字。もとは三恵村の一部。昭和25年の世帯数186・人口1,037,同年の耕地面積は田26町余・畑61町余。明治中期には米麦のほか葉煙草・綿花の栽培が盛ん。明治後期に至って養蚕業が興隆し第2次大戦中まで続く。大戦中から戦後にかけて食糧生産に重点が移されたがその後養蚕業も復活。昭和40年代に入ってモモ・スモモなどの果樹栽培も本格化する。同55年の世帯数199,うち専業農家数4・兼業農家数96,総経営耕地面積4,961a,うち田1,781a・普通畑93a・果樹園967a・桑園2,120a(農林業センサス)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7336630
最終更新日:2009-03-01




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