ケータイ辞書JLogosロゴ 山中(中世)


山梨県>山中湖村

 戦国期に見える地名。都留【つる】郡のうち。当地は駿河・相模の国境に近い戦略上の拠点であったため,しばしば戦場となっている。「妙法寺記」の大永6年条によれば,この年北条氏綱と武田信虎は一応和睦をしたが,国境地帯では時折小合戦があり,「山中御陣ハ未息」という状態であったという。天文4年に武田信虎は駿河へ侵攻するが,逆に8月には北条氏綱軍2万4,000が都留郡に侵入して,郡内守護の小山田一族がこれと戦うが,敗れて一族・有力家臣を失っている。この際,今川氏輝方も一部,この都留郡侵攻に加わったようで,天文4年と推定される9月5日の今川氏輝感状案写によれば,「都留郡山中」で合戦が行われている(感状写/神奈川県史資料編古代中世3下)。また,籠坂峠越えの登口であり,郡内領主の小山田氏の役所があり,永禄10年6月12日には,小山田信茂は芹沢玄蕃允に対して契山(小山田出羽守信有)の代の先例に任せて「馬并口付年中百疋之分」が免許されている(芹沢捨次郎所蔵文書/町田市史史料集4)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7337437
最終更新日:2009-03-01




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