ケータイ辞書JLogosロゴ 相戸村(近世)


岐阜県>美山町

 江戸期〜明治22年の村名。美濃国武儀郡のうち。はじめ幕府領。元和5年から尾張藩領。江戸中期ごろまでは,隣接の出戸【でと】村と合わせて出戸相戸村と記された。「慶長郷牒」の村高93石余,「正保郷帳」では109石余。後期より単独で記され,「天保郷帳」の村高41石余。寛政年間の戸数39・人数185,粟・稗など雑穀のほかに養蚕・茶などを生産し,紙漉も盛んであった(濃州徇行記)。なお,「新撰美濃志」によると,当村で生産される紙は主として丈長紙で,上品であった。村内に白山権現社・神明社や臨済宗岩松寺・浄土真宗教竜寺などの社寺があり,北方の金平山からは天正年間に銀が採鉱された。明治4年岐阜県に所属明治初年の水田は14町余,戸数52・人数224,馬13匹(明治五年村鑑)。同22年乾【いぬい】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342262
最終更新日:2009-03-01




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