ケータイ辞書JLogosロゴ 秋江(中世)


岐阜県>海津町

 鎌倉期から見える地名。尾張国長岡荘のうち。「神鳳抄」に「尾張国秋吉御薗」と見える。室町院御領目録写に見える「尾張国秋吉御園」は後高倉院から室町院に伝領されたが,正安4年室町院領は大覚寺・持明院両統に折半され,当地は持明院統に属して伝領した(集)。その後正慶2年2月藤原基盛は長岡荘に所在した真福寺(現愛知県名古屋市)に相伝の所領「合壱段□在所長岡庄河西秋江郷,刑部入道後」を寄進している(宝生院文書)。さらに貞和3年4月28日付の伊勢神宮神主度会繁行所領処分状に「尾張国秋吉御薗御油」と見える(櫟木文書)が,秋江郷との関係は不明。「宝生院文書」寛正7年10月,文明12年10月,同14年9月付の文書に表れる秋江源三郎・同左近蔵人信家・同左京亮基家は当地の領主という(尾張志)。織豊期に入り,本能寺の変後尾張を領国とした織田信雄は,天正10年12月晦日新たに家臣団に編入した吉村氏吉に本知分のうち「秋江」など4か所を安堵している(吉村文書)。天正14年6月の大洪水による木曽川の河道移動で,のち美濃国のうちとなる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342322
最終更新日:2009-03-01




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