ケータイ辞書JLogosロゴ 明屋敷村(近世)


岐阜県>岐阜市

江戸期〜明治8年の村名もとは厚見【あつみ】郡のうち村名の由来は,斎藤・織田両氏の時代の諸士の宅址を開墾したことによるという(濃陽志略)はじめ幕府領,天和5年からは尾張藩領「正保郷帳」「天保郷帳」の村高25石余年貢は免8ツ2分1厘宝暦年間の戸数110・人口410(同前)東西2町余・南北1町余東方は岐阜町,南方は岐阜町・今泉町,西方は忠節村,北方は長良【ながら】川に接する米屋・煙草屋・油屋・桶屋など商家が多かった正興寺・蓮生寺・浄安寺・法光寺・真光寺・法運寺がある明治4年岐阜県に所属同5年の戸数140・人口390(県庁記録)同8年忠節村と合併して稲束【いなづか】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342346
最終更新日:2009-03-01




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