ケータイ辞書JLogosロゴ 有巣村(近世)


岐阜県>清見村

 江戸期〜明治8年の村名。大野郡川上【かわかみ】郷のうち。天正14年から金森氏領,元禄5年からは幕府領。枝村に上あっそ・下あっそ・向あっそがあった。村高は「元禄検地帳」50石余,「天保郷帳」79石余,「旧高旧領」では高山郡代支配所78石余・恵林寺除地7斗余。「後風土記」によれば当村は縦8町・横3町。家数39・人数250余。産物は米48石余・稗288石余・大豆14石余・粟8石余・桑1,500貫目など。村の東方は峠越えで坂へ1里,南方は二俣【ふたまた】へ半里,西・北方は山で高山へは5里。産土神の八幡社,東本願寺宗高山照蓮寺末の慧林寺があり,同寺は明応7年の開基。有巣村・二俣村・中野村の有巣組3か村と楢谷【ならだに】村・大原【おつぱら】村・六厩【むまい】村を合わせた6か村は,材木伐出山方村々と称され,幕府から毎年手当てとして買請米を給付されていた。明治8年清見村に所属。当地域はその後同10年中野・二俣の2地区と合併し巣野俣【すのまた】となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342416
最終更新日:2009-03-01




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