ケータイ辞書JLogosロゴ 池尻村(近世)


岐阜県>関市

 江戸期〜明治22年の村名。武儀郡のうち。年不詳(関ケ原の戦後か)「大嶋雲八光義知行目録写」(竜福寺文書)に「三百九拾壱石壱斗八升 武儀郡池尻村」と見え,慶長14年7月25日「大嶋茂兵衛久左衛門宛知行目録」にも見える。のち幕府領となり,元禄14年からは旗本御望松平氏知行地。村高は「慶長郷牒」「正保郷帳」391石余,「天保郷帳」397石余。元禄初年弥勒寺は円空によって再興,円空は同8年7月15日同寺で入寂。現在弥勒寺裏山に墓,付近の河岸に入定塚がある。文政年間助川又右衛門は池尻用水を開発したが,洪水のため破壊され,以後復旧しなかった。天保9年の村明細帳によると86戸・339人・馬18匹,田16町5反余・畑20町2反余,寺は5寺。明治2年の村明細帳では132戸・528人・馬4匹。農業のほか養蚕業に従事。寺院は円福寺・西光寺・弥勒寺・密乗院・大乗院。神社は白山宮など9社。明治4年岐阜県に所属。「町村略誌」によれば117戸・603人・馬28匹,田29町5反余・畑42町1反余(民有地),米322石・大麦345石・繭384貫・大根1万5,000貫を生産した。明治22年瀬尻【せじり】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342537
最終更新日:2009-03-01




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