ケータイ辞書JLogosロゴ 伊自良荘(中世)


岐阜県>伊自良村

 鎌倉期から見える荘園名。美濃国山県郡のうち。皇室領。建久2年10月日付の長講堂領目録に「伊自良荘」とあるのが初見(集)。当時の領家職は入道右大臣家の花山院定雅が所有しており,以後東方については康永年間ころまで花山院流に伝領された。一方,当荘の年貢の一部は早くから長講堂における修行のために充てられており,西方は長講堂衆の知行下にあった。当荘年貢絹70疋は8月の彼岸用途に充てられている(島田文書)。その後,正長年間ころには一時光範門院の管理下に入り,現地の代官は土岐氏で,当時の年貢は3万疋であった(建内記)。次いで当荘は永享5年以降に禁裏御料所となったといわれ(皇室御経済史の研究),寛正6年8月3日,幕府は後小松院三十三年忌の仏事料として「禁裏御料所美濃国伊自良」荘に段別10疋の段銭を賦課している(親元日記)。下って長享2年4月14日当荘は皇太子勝仁親王の御料所となっている(御湯殿上日記)。なお,鎌倉幕府創業の功臣である八田知家の子有知は承久の乱で戦功があり,当荘の地頭職を与えられ,伊自(志)良を称している(尊卑分脈)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342607
最終更新日:2009-03-01




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