ケータイ辞書JLogosロゴ 市島村(近世)


岐阜県>八幡町

 江戸期〜明治30年の村名。郡上郡のうち。郡上藩領。村高は「慶長郷牒」736石余,「正保郷帳」778石余(うち田383石余・畑395石余),「天保郷帳」702石余,「旧高旧領」697石余。宝暦期の戸数91(うち水呑4)。明治5年の村明細帳の戸数132・人口780(職人5・医師3),馬76匹(郡上郡史)。産物は安永2年「郡上領地留記」に大豆・稗・荏・梅が課役され,ほかに紙・真綿・干栗・ワラビ・クルミがあった。「町村略誌」の産物は麦類・粟・キビ・大豆・蕎麦・玉蜀黍・実綿・繭・楮皮・炭・石灰などのほか,飯尾宗祇の歌詠みで甘くなったといわれる甘柿「ソウキ」も名物。鎮守は高雄社など,寺院は真宗本願寺派安立寺・専光寺(郡上郡史)。幕末に頼山陽と親交のあった篆刻家二村楳山が居住し「十二刀法詳説」を著した。明治4年岐阜県に所属。同6年市島義校(口明方小学校の前身)開設。同30年口明方【くちみようがた】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342634
最終更新日:2009-03-01




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