ケータイ辞書JLogosロゴ 稲越村(近世)


岐阜県>河合村

 江戸期〜明治8年の村名。飛騨国吉城【よしき】郡小鷹狩郷のうち。枝村桂上があった。天正14年から金森氏領,元禄5年以降は幕府領。「元禄検地帳」の村高は166石余,「天保郷帳」196石余,「旧高旧領」では高山郡代支配所195石余・願教寺除地2斗余。「国中案内」では村高166石余,家数63軒。「後風土記」によれば,当村は縦1里18町・横36間,家数64・人数410余。産物は米219石余・稗392石・大麦21石・小麦7石・大豆50石余・大繭小繭411貫余・コウゾ176貫目・エゴマ5石余・菜種2石余・硝石120貫目・炭640貫目・鍬柄120丁・丈高紙30束・丈長紙50束・傘紙300束・端不切紙1,500束・ちり紙450束,その他懐紙が挙げられている。また当村の東方は黒内へ峠越え1里10町,信包【のぶか】へ1里半余,西方は山,南方は保【ほ】へ峠越えで1里半,北方は大木へ20町,高山へは6里半。産土神の富士神社・春神社,観音堂・越中国八尾聞名寺末願教寺があった。安政5年2月の山中地震では全壊家屋3・死者11の被害。明治8年河合村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342687
最終更新日:2009-03-01




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