ケータイ辞書JLogosロゴ 犬地村(近世)


岐阜県>白川町

江戸期〜明治8年の村名美濃国加茂郡のうち飛騨川の支流赤川下流山間部に開けた集落苗木藩領村高は「正保郷帳」315石余,「天保郷帳」318石余明治5年村明細帳によると,家数100・人数597,職人5(大工1・木挽2・桶工2)・医師1・酒造稼ぎ1・紙漉1,馬68農間は男女とも山稼ぎ郷蔵1か所・秣場3か所・山林3か所鎮守は犬地神社同社は諏訪大明神を明治4年白山・御神楽・御滝神社などと寄宮寺に犬地・上田両村に檀家を持った臨済宗妙心寺派積善【しやくぜん】寺があったが,明治3年廃寺ほかに観音堂がある飛騨街道から東濃恵那地方へ通ずる要路苗木道が川に沿って地内を貫通南部名越峠を経て八百津【やおつ】に達する道は中世からの塩道といわれ,商道として往時は交通頻繁であった産物は米・麦・雑穀・豆類・綿・楮・コンニャク・木材・薪炭など明治6年孔英義校創立明治4年岐阜県に所属同8年三川【みかわ】村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342699
最終更新日:2009-03-01




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