ケータイ辞書JLogosロゴ 今須郷(中世)


岐阜県>関ケ原町

 室町期から見える郷名。美濃国不破【ふわ】郡のうち。嘉吉2年4月15日付の長江元景・沙弥行妙連署寄進状に「合壱段者,在居益郷内字セうの谷口」を地内妙応寺の仏田として寄進しているのが初見(妙応寺文書)。次いで長享元年12月25日幕府は宝鏡寺住持の南御所(足利義政女)に奉行人連署状を発給し宝鏡寺領美濃国国衙領の「本須并今須等」に対する守護土岐成頼の押領を退け,当所の名主に対し年貢を厳密に沙汰するよう命じている。一方,長享3年2月5日付某注進状案によると,「います谷をハ,持是院乱中押領」と見え,守護代斎藤利国が応仁の乱中に押領した事実がわかる。年未詳美濃国衙年貢注文は「います 二千五百疋」と記す(以上宝鏡寺文書)。その後は織豊期まで未見。天正12年2月20日付の岩松田地去状に「在坪ハ,濃州不破郡居益,字ハカトマクチ」と見える(不破幹雄氏所蔵文書)。下って,当地は豊臣政権の蔵入地となり,天正19年4月27日には「弐千五拾壱石 います村」の代官は古田織部重然から石田三成に替わっている(林祝太郎氏所蔵文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342750
最終更新日:2009-03-01




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