ケータイ辞書JLogosロゴ 岩村郷(中世)


岐阜県>岩村町

 戦国期に見える郷村名。美濃国恵那郡のうち。延徳2年9月3日の「伺事記録」に初見。同記録によれば布施梅千代丸が「美濃国岩村郷」の安堵を申請している。当地は遠山荘の一中心地で,「蔭涼軒日録」長享2年8月22日条には「季材話云,遠山有三魁,第一号苗木・第二号明智・第三号岩村,皆千貫許分限」と見える。承久の乱後,一条宰相信能は遠山景朝に預けられ,遠山荘で刎首されたが,それは当地の相原とされ,地内若宮八幡は信能をまつっている。また城山八幡は承久年間の創建,武並神社は室町初期の創建と伝え,遠山氏の祖景廉・景朝父子を祭神とし,八幡神社には永正5年・天文16年の棟札などが残る。元亀3年12月西上する武田信玄の一隊秋山晴近勢は遠山内匠助(修理亮とも)の拠る遠山城,別名霧ケ城を攻略,以後岩村は武田・織田両氏の争奪の地となり,天正10年武田氏滅亡後森蘭丸が岩村5万石に封じられた(徳川黎明会所蔵文書・古今消息集・歴代古案・上原準一氏所蔵文書・鷲見栄造氏所蔵文書・信長公記・美濃明細記)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342817
最終更新日:2009-03-01




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