ケータイ辞書JLogosロゴ 岩村(近世)


岐阜県>岩村町

 江戸期〜明治22年の村名。恵那郡のうち。岩村藩領。慶長6年より松平氏2万石,寛永15年より丹羽氏,元禄15年より松平氏,享保末年加増されて3万石の城下町として明治維新に至る。「慶長郷牒」「正保郷帳」の村高828石余(うち田669石余・畑159石),「天保郷帳」では1,133石余。助郷は中山道大井宿。元禄15年松平氏入封以後の岩村城下は,城麓の藩主邸を中心に,下方に会所・文武稽古所,さらに下方に馬場があり,岩村川北側に侍屋敷,南側に町人屋敷が配置されていた。庄屋は町屋敷の町庄屋と農民の入庄屋からなり,前者は町人の中より選出,後者は山下家が世襲。元禄15年の家数は,町165・町外31・入分59・鍛冶平5。文政年間国産奨励のため城下に機織の国産町場が経営されたが,幕末には中絶,国産町場の呼称のみ残る。藩学知新館(県史跡)は元禄15年創立,当初は文武稽古所と称し,儒者佐藤周軒を招いて藩士子弟を教育,好学の気風の中から林述斎・佐藤一斎などの碩学が輩出した。明治4年岐阜県に所属。同5年の村明細帳では村高1,073石余(うち田797石余・畑272石余)で新田59石余,家数390・人数1,705(うち職人63・医師1・酒造稼6・鍛冶1・紺屋6)・馬60。神社は武並神社・津島神社・八幡社・若宮社・弁財天,寺院は曹洞宗盛巌寺・曹洞宗清楽寺・浄土宗智恩院末隆崇院・法華宗妙法華寺末妙法寺・一向宗東本願寺末浄光寺・盛巌寺末祥雲寺(恵那郡史)。同22年町村制実施により岩村町となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342818
最終更新日:2009-03-01




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