ケータイ辞書JLogosロゴ 謡坂村(近世)


岐阜県>御嵩町

 江戸期〜明治22年の村名。美濃国可児郡のうち。上ノ郷十六か村の1つ。尾張藩領で木曽衆千村多門の給地。「天保郷帳」「旧高旧領」は111石余。寛政期の戸数20・人口88,馬5匹。農業を専業とし農間に薪を切り出し,楮も産す(濃州徇行記)。中山道細久手【ほそくて】宿の助郷村。中山道筋の村で,数十株の松のあることから名づけられた出町の十本木には休茶屋があった。また地内には「一杯清水」の名所や千村五歩の句碑,一里塚,諸ノ木峠などがある。村内に古五輪塔・神明社がある。明治4年岐阜県に所属。同5年村明細帳の戸数28・人口119。同8年先進義校が小原より当地に移転,同校は同12年小春学校と改め,さらに謡坂小学校と改称。明治8年上ノ郷村の一部となるが,同13年分村し旧に復す。同22年上之郷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7342921
最終更新日:2009-03-01




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