ケータイ辞書JLogosロゴ 大無雁村(近世)


岐阜県>宮川村

 江戸期〜明治8年の村名。飛騨国吉城【よしき】郡小島【こじま】郷のうち。天正14年から金森氏領,元禄5年からは幕府領。村高は「元禄検地帳」が48石余,「天保郷帳」「旧高旧領」では68石余。「後風土記」によれば家数24・人数150余,産物は米51石余・稗154石・大麦20石・小麦2石・大豆8石・小豆5石・粟16石余・蕎麦20石余・荏7石余・菜種10石・白芋4石余・桑3,000貫・麻31貫・楮175貫・烟草272貫・漆実140貫・大繭小繭180貫・真綿1把・生糸20把・藍6貫・鱒30本・鰻3貫・年魚1,100・ヤマメ300・ウグイ100・黍4石,他に栗・柿・端不切紙・丈高紙・懐中紙・布・縞布・鰭【うるか】など。社寺に産土神の若宮八幡宮,勢至堂,皮桃胡【かわくるみ】の大木を神体とする聖天堂,宮川中島岩山上にある弁財天堂があった。宮川に仕掛けられた簗【やな】ではアユが取れ,高山へ売られて村民の余業となっていた。アユには,取れたままの無塩鮎,薄塩をまぶし翌日売り出す一夜塩鮎,塩漬にした押し鮎のほか,自給用として薫製にした火乾鮎,鮎鮨,鰭があった。また化政期高山大雄寺住持の願誉が宮川へ放ってから繁殖したと伝えるウナギも売り出されていた。村の東方は山,西方は小無雁【こむかり】村へ渡船で6町,南方は野口村へ1里半,北方は落合【おちあい】村へ10町,また高山へ6里余。明治8年に坂上【さかがみ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343219
最終更新日:2009-03-01




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