ケータイ辞書JLogosロゴ 大森村(近世)


岐阜県>安八町

 江戸期〜明治30年の村名。美濃国安八郡のうち。はじめ幕府領,元和5年からは尾張藩領(同藩給人山澄淡路守采地)。村高は各郷帳とも261石余(うち田113石余・畑148石余)。元禄7年以降,美濃路墨俣【すのまた】宿の助郷村。宝暦6年の戸数55・人数350。森部輪中の一村で低湿地で中沼・下沼と称す字名がある。江戸後期には排水条件が悪化し,堀田・重田をつくって対策とした。堤外地の畑地では雑穀・野菜を生産したが,幕末以降綿・藍の栽培や桑園が増加。長良川の対岸本郷(羽島市)との間の渡しは,明治期県営となる。明治4年岐阜県に所属。同14年の戸数78・人口344。同24年の濃尾地震被害は,人数373のうち死傷者7,戸数68のうち全壊52・半壊16(震災誌附1)。同30年名森村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343228
最終更新日:2009-03-01




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