ケータイ辞書JLogosロゴ 大和田(中世)


岐阜県>海津町

 織豊期に見える地名。尾張国海西【かいさい】郡のうち。本能寺の変後,尾張を領国とした織田信雄は吉村氏吉を家臣団に編入し,天正10年12月晦日本領安堵の上に,「新知分」として「大和田半分」など4か所を加増。しかし,翌11年9月朔日付の知行宛行状の「合拾四ケ条三千貫余」のうちには見られず(吉村文書),「参百五十貫文 大和田」は松岡式部に与えられた(織田信雄分限帳)。また,同11年10月頃と推定される信雄奉行人連署蔵入注文に「御蔵入 弐百七拾七貫文 大わた」と登録され,代官は祖父江秀重と杉浦猪助であった(氷室四郎氏所蔵文書)。この相給は天正14年初頭まで存続したと考えられる。天正14年6月の大洪水による木曽川の河道移動で,のち美濃国のうちとなる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343253
最終更新日:2009-03-01




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