ケータイ辞書JLogosロゴ 柿野村(近世)


岐阜県>美山町

 江戸期〜明治22年の村名。武儀郡のうち。はじめ幕府領,元和5年から尾張藩領。「慶長郷牒」の村高139石余。「正保郷帳」では173石余,うち田76石余・畑62石余,ほかに紙舟役山年貢があった。寛政年間の戸数228・人数946,馬32匹。農間には紙漉に従事する者が多かった(濃州徇行記)。また枝郷の総名洞は98石余,戸数約100。木炭・コンニャクが特産であった。天保の大飢饉に際して村民は再三の救恤願書を出し,「追々死に絶えるもの多く,生きているものも年々離散して亡村も間近か」と訴えている(柿野区文書)。「新撰美濃志」によると,特産には諸品の紙のほか,上品の茶・糸・綿があり,村内には内宮社・下宮社のほか2社,および枝郷の落合に3社と臨済宗福岩寺・大覚寺,浄土宗安楽寺,浄土真宗浄泉寺,観音堂などがあった。明治4年岐阜県に所属。同5年の村高は425石余,田9町2反余・畑47町6反余,戸数232・人数1,041,馬45匹。同22年乾【いぬい】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343471
最終更新日:2009-03-01




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