ケータイ辞書JLogosロゴ 梶屋村(近世)


岐阜県>海津町

江戸期〜明治7年の村名美濃国石津郡のうち揖斐【いび】川下流,本阿弥【ほんなみ】輪中の北部低湿地に位置する慶長〜元和年間,近藤政成の知行地,以後,寛永17年高須藩小笠原氏領,元禄4年幕府領,同13年からは高須藩松平氏領村高は「慶長郷牒」「正保郷帳」で44石余,その後延享年間からは梶屋埋【かじやまい】新田(137石余)・梶屋新田(28石余)が成立を見て211石余となる水損所のため,領主取米は多い年で55石余,時には皆無もあり,平均でも12石余と少ない(海津町史)鎮守は八幡宮,「新撰美濃志」では,同宮を山城の石清水【いわしみず】へ移すという明治元年より助郷で中山道関ケ原宿に出役(岐阜県史稿)同4年岐阜県石津郡に所属同7年下梶【しもかじ】村と村名改称後,同8年稲山【いなやま】村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343529
最終更新日:2009-03-01




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