ケータイ辞書JLogosロゴ 片狩村(近世)


岐阜県>美山町

江戸期〜明治7年の村名美濃国山県郡のうち大黒山の北東,神崎【かんざき】川流域右岸に位置天正17年の検地帳では,ひん原・谷合2か村と合わせて259石余と記すはじめ幕府領,のち元文2年から岩村藩領村高は「正保郷帳」では谷合村分に含まれ279石余以後,分村し「天保郷帳」では片狩村と記し34石余元禄年間の村の状況は34石余,すべて畑高,ほかに山年貢・紙舟役があった戸数42(うち水含7)・人数315,馬12匹畑作は大豆・麻・大麦のほか雑穀・菜・楮などで,農間には男女とも紙漉を業とした(土岐之信氏所蔵元禄12年片狩村指出帳)享保年間では戸数75(うち水呑百姓25)・人数270,馬8匹茶やコンニャク栽培のほか農間期には紙漉をして上有知【こうずち】市場へ売り出し,上納金や夫米・肥料(灰荏がすなど)の購入資金とした(土岐之信氏所蔵,享保六年美濃国山県郡片狩村高反別指出帳)明治4年岐阜県に所属同7年日原【ひばら】村・神崎【かんざき】村の枝郷小倉と合併し,片原村となる「町村略誌」によれば,高は71石余,戸数100
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343549
最終更新日:2009-03-01




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