ケータイ辞書JLogosロゴ 岐阜市(近代)


岐阜県>岐阜市

 明治22年〜現在の自治体名。岐阜町・今泉村・小熊村・稲束【いなづか】村・富茂登【ふもと】村と上加納村の一部が合併して成立。旧岐阜町名のほか,今泉・小熊・稲束・富茂登・上加納の5大字を編成。西野町に市役所設立。明治24年の濃尾地震では総人口2万8,731のうち死亡者245,総戸数6,346のうち全半壊3,743・全半焼2,093。同27年白木町に市庁舎移転。同36年上加納村の全域を編入し,大字稲葉となる。同42年字名改正実施。大正8年美江寺【みえじ】町に市庁舎移転。同9年の世帯数1万3,812・人口6万2,713。同13年司町に県庁舎新築。昭和2年鵜飼観覧船事業を市営とする。同5年の世帯数1万8,996・人口9万112。同6年本荘村・日野村,翌7年長良【ながら】村を編入。同9年国鉄高山線全線が開通。同9年島村,同10年三里【みさと】村・鷺山【さぎやま】村,同15年加納町・則武【のりたけ】村・常磐村・南長森村・北長森村・木田村を続けて編入。同15年の世帯数3万5,203・人口17万2,340。同18年には下水道完成。第2次大戦後,国鉄岐阜駅前付近に繊維品の大問屋街が出現し,工業も紡織業が中心となる。昭和23年には新忠節橋完成。同24年岩野田村,同25年黒野村・方県【かたがた】村・茜部【あかなべ】村・鶉【うずら】村・市橋村・西郷村・七郷【ななさと】村・岩村を編入。同25年の世帯数4万5,281・人口21万1,845。同30年鏡島【かがしま】村・厚見村,同33年芥見【あくたみ】村・日置江【ひきえ】村,同34年合渡【ごうど】村を編入。昭和31年岐阜城を再建し,鉄筋コンクリート造り,三重四層で,内部を郷土博物館とした。同年新長良橋が開通。同35年の世帯数7万2,575・人口31万2,597。同36年三輪村・網代【あじろ】村を編入。同39年金華橋が開通。同41年新市庁舎が落成。同44年千鳥橋が開通。同44年本巣郡本巣町外山字伊洞を編入。旧岐阜町近郊には昭和初期に新町名を起立し,長良川右岸の旧村地域は昭和30〜40年に次々と新町名が起立され,現在937町を編成する。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7343974
最終更新日:2009-03-01




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