ケータイ辞書JLogosロゴ 久々利荘(中世)


岐阜県>可児市

 鎌倉期に見える荘園名。美濃国可児郡のうち。嘉禎4年4月22日の春日社宛官宣旨に,春日社領可児【かに】郡中村郷の四至南堺を「東寄久々利庄堺」としている(御嵩町春日神社文書)。次いで嘉元4年の昭慶門院御領目録に勧喜光院領の1つとして「美濃国久々利庄 牛田姫君」と見え,「生田跡」と注記されている(京都大学所蔵古文書集)。その後観応2年12月,源貞衡が永保寺に寄進した山は西堺が「限西久々利大道」となっている(永保寺文書)が,以後当荘に関する史料はない。また,正中2年承鎮法親王から尊雲法親王に譲られた所領の中に,新延命院領新久々利荘が見えるが(三千院文書),同荘についても詳細は不明。なお,土岐頼清の孫行春は当地を本貫とし,子孫は土岐久々利氏を名乗っている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7344021
最終更新日:2009-03-01




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